ディープ・パープル
ディープ・パープル (Deep Purple) は1968年にイギリスで結成されたロックバンドである。
ヴォーカル/ギター/ベース/キーボード(特にハモンド・オルガン)/ドラムスという構成で、マイナー・コードと爆音の様なサウンドを使った演奏を繰り広げる、というハード・ロック、もしくはヘヴィ・メタルの定型を作り上げたバンドとして知られている。特に、いわゆる第2期と呼ばれる時期の作品に名作が多く、商業的にも成功した為、一般的に認知度の高い楽曲やフレーズが多い。1976年に一度解散したが、1984年に再結成し、2007年1月現在に至るまで10回のメンバーチェンジを行いながらも、現役として活動を続けている。
本バンドの前身となったのは、サーチャーズ (The Searchers)でドラムスとヴォーカルを担当していたクリス・カーティス (Chris Curtis) が結成を企図したラウンドアバウトというバンドである。
クリス・カーティスが最初にメンバーとして考えたのは、当時同じアパートに住んでいた(と言われる)ジョン・ロードである。また、この時期の前後に、クリス・カーティスはトニー・エドワーズ (Tony Edwards) にマネージャーの就任を打診した。この当時、トニー・エドワーズはファッション関係の仕事をしていたが、同時にアイシェイという女性シンガーのマネージャーも手がけており、その関係でクリス・カーティスと知己があった。更にトニー・エドワーズの誘いによって、広告関係の仕事に携わっていたジョン・コレッタ (John Coletta) もマネージャーに加わり、ビジネス面での態勢は早くから整いつつあった(この当時、2人は5000ポンドをバンドに投資しており、以後もビジネス面で様々な貢献を遂げている。今日に至るまで、この2人のマネージャーがバンドに果たした役割は非常に大きいと評されている)。
一方、メンバーの人選は難航した。ジョン・ロードに続いて、当時ハンブルグで主にセッション活動をしていたギタリストのリッチー・ブラックモアにグループ加入を要請したものの、なかなか他のメンバーは定まらず、それでも特にマネージャーの2人が熱心にメンバー探しに奔走し、この3人に加えて、ベースにデイヴ・カーティス、ドラムスにボビー・クラークを加える事になった。しかしこの陣容での人間関係は不安定だったといわれており、更にバンドの発起人であるクリス・カーティスが行方をくらました為に、ラウンドアバウト結成の話は一旦消滅しそうになった。しかし、マネージャーの2人がジョンとリッチーを説得してオーディションを続け、ベースがジョン・ロードの元同僚だったニック・シンパーに交代、ヴォーカルがオーディションによってロッド・エヴァンスに決まった。このロッド・エヴァンスに同行していたのが同じメイズ (The Maze) というバンドにいたイアン・ペイスである。リッチー・ブラックモアがハンブルグでこのイアン・ペイスのプレイに接しており、その力量を十分に把握していた為、バンドはボビー・クラークを解雇してイアン・ペイスを加入させた。……
(Wikipedia: ディープ・パープル)