デスティニーズ・チャイルド
デスティニーズ・チャイルド(Destiny's Child)は、アメリカ合衆国のR&B音楽グループである。1990年にデビュー以来3000万枚以上アルバムを売り上げている、世界でもっとも知られているガールズ・グループ。日本ではデスチャの愛称で親しまれている。
オリジナルメンバーは4人組。テキサス州ヒューストン出身のビヨンセ(Beyoncé Knowles 本名:Beyonce Giselle Knowles 1981年9月4日-)とラターヴィア(LaTavia 本名:LaTavia Marie Roberson 1981年11月1日-)が1990年にグループ結成、1992年にジョージア州アトランタ出身のケリー・ローランド(Kelly Rowland 本名:Kelendria Trene Rowland 1981年2月11日-)、1993年にラトーヤ(LeToya 本名:LeToya Nicole Luckett 1981年3月11日-)が加入し、カルテットを結成。ビヨンセとケリーはデビュー後しばらくは従姉妹とされていたが、最近はビヨンセの父であるマシュー・ノールズの友人の娘とされている。(二人の関係は諸事情があるようで、ビヨンセの父:マシュー・ノールズがケリーの後見人になっていることから、二人は異母姉妹との説もある)。
4人は各々の地元と、ビヨンセの母であるティナの美容院で活動した。グループは1992年、地方公演後にCBSのTV番組「スター・サーチ(Star Search)」にエントリーしたが、 結成当時「Girl's Tyme」と命名されたこのグループの評価は星3つで、番組で優勝はしたものの、本意な成績ではなかった。マシューは彼女らの夢を叶えるため、何十万ドルの給料だったゼロックスを退職し、マネージャーに専念することを決意。グループ名を聖書からの引用で「デスティニーズ・チャイルド(Destiny's Child:運命の子)」と変える。
クリスティーナ・アギレラやTLCのツアーの前座を経験し、初楽曲を提供したのは、1997年映画「メン・イン・ブラック」のサウンドトラックに収録された「キリング・タイム(Killing Time)」。1998年にデビューシングル「ノー、ノー、ノー パート2(No, No, No Pt. 2)」が大ヒット。同年に発売のデビュー・アルバム『デスティニーズ・チャイルド』はアルバムは、フージーズのワイクリフ・ジーン(Wyclef Jean)、ジャーメーン・デュプリ(Jermaine Dupri)などのプロデュースを受け、ゴールド・アルバムに選ばれる。
セカンド・アルバム「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」を1999年7月に発表。アルバムからのファースト・シングル「ビルズ・ビルズ・ビルズ(Bills, Bills, Bills)」は、ビルボードシングル・チャートで1位を獲得。セカンド・シングル「バガブー(Bug-a-Boo)」はR&Bチャート1位を記録。一方で、ラターヴィアとラトーヤはギャラや待遇面でビヨンセをあまりに不公平に扱うマシューに、以前から不満を持っていた。メンバー内の確執は噂されていたが、同年、二人は突如グループから脱退させられる。(二人やファンも知らない間に「セイ・マイ・ネーム(Say My Name)」のPVに新メンバーが登場していた)二人はグループらを相手に訴訟を起こしている。(2000年、およそ200万ドルの賠償金を受け取ることで結審。ラトーヤは2005年ソロデビュー。)
2000年新メンバー、イリノイ州ロックフィールド出身のミッシェル・ウィリアムズ(Michelle Williams 本名:Tenetria Michelle Williams 1979年7月23日-)とファラ(Farrah 本名:Farrah Franklin 1981年3月3日-)の2人が正式に加入。その後頻繁に遅刻や欠勤を繰り返すファラは、その怠惰な私生活を理由に解雇される。
2001年「サヴァイバー」発表。400万枚以上のセールスを記録する。同年末「8デイズ・オブ・クリスマス」をリリース後、活動休止。また、「サヴァイヴァー」のPV衣装は超セクシーな「女ターザン」である。
それぞれのソロ活動という3年の休眠期間を経て、2004年先行シングル「ルーズ・マイ・ブレス(Lose My Breath)」をリリース後、アルバム「デスティニー・フルフィルド」を発表。初期はリードボーカルというスタイルを取り、ジャケット写真では常に中心だったビヨンセだが、本作では三人のバランスが取れた作品になっている。また、三人の人気は、2005年、バービー人形になったことにも象徴されている。
2005年4月から、日本公演(5会場6公演)を皮切りに、マクドナルドをメイン・スポンサーにする「Destiny Fulfilled... and Lovin' It」ワールドツアーを展開。同ツアー中の6月11日、スペイン・バルセロナで行なわれたライヴ中に突然解散を表明。人気絶頂の中、9月10日カナダ・バンクーバー公演を最後に解散。同年世界子どもの日テーマソング、「ナンバーワンズ」収録曲「スタンド・アップ・フォー・ラヴ(Stand Up For Love)」がおそらく最後のシングルになる。同年11月15日カリフォルニア州ハリウッドで収録された、アメリカABC局のテレビ番組「ジミー・キンメル・ライブ」でのパフォーマンスが最後の出演になった。今後ビヨンセ、ケリーは主に歌手と女優として、ミッシェルは主に舞台でそれぞれソロ活動を続けていく予定である。
解散後間もない2006年2月19日に、ヒューストンで開催されたNBAオールスターゲームで一日だけの限定再結成、試合前のアメリカ合衆国国歌斉唱した。……
(Wikipedia: デスティニーズ・チャイルド)