ジャクソン・ブラウン (Jackson Browne)

ジャクソン・ブラウン
ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne, 1948年10月9日 -)は、ドイツのハイデルベルグ生まれ、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス育ちのミュージシャン。アメリカにおけるシンガーソングライターというジャンルを確立した一人。日本では浜田省吾、佐野元春、尾崎豊らが多大な影響を受けたと言われている。

1960年代後半から、イーグルス、ニッティ・グリティ・ダート・バンドなどに楽曲を提供しており、その名は広く知られていた。1972年、アサイラムからアルバム『ジャクソン・ブラウン・ファースト』でメジャー・デビューを果たす。同アルバムに収録されている「ドクター・マイ・アイズ」は、全米チャート8位のヒットとなった。1976年『プリテンダー』が5位、1978年『孤独なランナー』が3位と着実にチャートを伸ばし、1980年にリリースしたアルバム『ホールド・アウト』で初の全米チャート1位を獲得する。1982年、映画『初体験!リッチモンド・ハイ』のサウンドトラックに提供された「サムバディズ・ベイビー」が7位となるヒットを記録(アルバム未収録曲)。1983年には『愛の使者』をリリース。アルバム・タイトル曲でもある「愛の使者」は、当時のレーガン政権下で右傾化するアメリカを皮肉った内容であった。それ以降、1986年『ライヴズ・イン・ザ・バランス』、1989年『ワールド・イン・モーション』と徐々に政治的な内容を多く含む曲を発表するようになる。

また、実際に1979年にスリーマイル島原子力発電所で起きた放射能漏れ事故に抗議する「ノー・ニュークス」コンサートを企画したり、1985年には当時ブルース・スプリングスティーンのEストリート・バンドに在籍したスティーヴ・ヴァン・ザントが、南アフリカの人種隔離政策が続くことに抗議するために企画したチャリティ・アルバム『サン・シティ』に参加している。日本では1986年に行われたチャリティ・コンサート「ジャパン・エイド」に参加した。レコード製作を通して社会的な発言を行うだけではなく、様々な行動を起こして積極的に活動している。

1990年代に入ってからは1993年『アイム・アライブ』、1996年『ルッキング・イースト』で内省的な曲作りに回帰している。また、80年代半ば頃からアルバム制作のインターバルが長くなっており、あまり多くの作品を発表していない。1997年、初のベストアルバム『ベスト・オブ・ジャクソン・ブラウン』を発表、新曲も収録されている。2002年、現在のところ最新のオリジナル・アルバム『ネイキッド・ライド・ホーム』を発表。2005年にはソロ・アコースティック・ツアーの模様を収録したライブ盤『ソロ・アコースティック第一集』を発表している。現在もライブやレコーディングなどの活動を積極的に行っている。……
(Wikipedia: ジャクソン・ブラウン)

 
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