レインボー (Rainbow)

レインボー (バンド)
レインボー(Rainbow) は、ロック・バンド。

ディープ・パープルのギタリストとして既に音楽的にも商業的にも世界的な成功を得ていたリッチー・ブラックモアが、同バンドから脱退して新たに結成したバンド。その為、アルバム・デビュー時は(ビジネス側からの要請により)「リッチー・ブラックモアズ・レインボー(Ritchie Blackmore's Rainbow)」と名乗っていたが、セカンド・アルバムの頃には個人名を外した「レインボー (Rainbow)」というバンド名を使用している。

イギリス人のリッチー・ブラックモアが中心となって結成された為、一般的には「ブリティッシュ・ロック」に類するバンドとされる(ただしイギリス人以外のメンバーも存在する)。

ディープ・パープル期に培ったブルーズ基調のハードロックにクラシック音楽の構成やメロディを融合させて、様式美系ハードロックの代表的なバンドとなり、後に訪れるヘヴィメタルの時代の基礎を築き上げたとされている。

そもそものきっかけは、1974年の8月に録音が開始されたディープ・パープルの「嵐の使者 (Stormbringer)」の制作中に表面化した、他メンバーとの音楽的な対立とされている。

リッチー・ブラックモアは「ブラック・シープ・オヴ・ザ・ファミリー (Black Sheep Of The Family)」という曲の録音を希望したが、クォーターマス (Quatermass)のカバー曲であるなどの理由で、ディープ・パープルのメンバーから拒否されていた。

だが、アルバムの録音後に予定されていたアメリカ・ツアーが中止となって時間的な余裕が生じた為、リッチー・ブラックモアはかねてより気に入っていたアメリカのバンド「エルフ」のボーカリストであるロニー・ジェイムズ・ディオを起用して同曲を録音、さらにロニー・ジェイムズ・ディオとの共作である「16世紀のグリーン・スリーブス」も合わせて録音した。当初はこの2曲でソロ・シングルを制作する予定だったが、リッチー・ブラックモアはこの2曲の出来の良さを気に入り、エルフを吸収する形で新しいバンドを結成する事を企図した。

1975年2月~3月、ミュンヘンのミュージックランド・スタジオにて、ギタリストを除くエルフのメンバー全員とアルバム用の曲を録音。4月7日のパリ公演を最後にリッチー・ブラックモアがディープ・パープルを脱退(ただし公式発表は6月)。8月10日、オイスター・レコードより、当時のバンド名と同名のアルバム「Ritchie Blackmore's Rainbow (発売当時の邦題は銀嶺の覇者)」をリリース、デビューに至る。……
(Wikipedia: レインボー (バンド))

 
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