レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
レッド・ホット・チリ・ペッパーズ (Red Hot Chili Peppers) はアメリカ合衆国、カリフォルニア州出身の世界的に人気のあるロックバンドである。ファンクとヒップホップをパンク・ロックと混ぜ合わせたミクスチャー・ロックと呼ばれるバンドのひとつである。日本での通称は「レッチリ」。一部のオールドファンからは「レッチリ」が定着する以前の略称「チリ・ペッパーズ」や「チリペ」などで呼ばれる。アメリカでの主な通称は「Chili peppers」。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズのメンバーがそれまでに所属していたバンドには、チェイン・リアクション (Chain Reaction) やアンセム (Anthym) などがある。
1983年 - アンソニー・キーディス、フリー、ヒレル・スロヴァク、ジャック・アイアンズによりバンド結成。
1984年 - Capitol/EMIと契約し、デビューアルバムThe Red Hot Chili Peppersをリリース。プロデューサーにギャング・オブ・フォーのアンディ・ギルを迎えて作成される。しかしデビューアルバムでありながらこの作品にはオリジナルメンバーであるヒレル・スロヴァクやジャック・アイアンズは参加していない。
1985年 - アルバムFreaky Styleyをリリース。プロデューサーにジョージ・クリントンを迎えて作成された。バンドのファンキーな魅力が顕著に現れた作品となり、アンダーグラウンドで好評を得る。
1987年 - アルバムThe Uplift Mofo Party Planをリリース。
1988年 - ヒレル・スロヴァクがヘロインの摂取過多により死亡。これに伴いジャック・アイアンズもバンドから脱退してしまう。
1989年 - メンバーにジョン・フルシアンテ、チャド・スミスを迎え、アルバム母乳をリリース。このアルバムの裏ジャケットの絵は亡くなった元メンバー、ヒレル・スロヴァクが描いた物である。
1991年 - Capitol/EMIからWarnar Brothers Recordsに移籍し、アルバムBlood Sugar Sex Magikをリリース。全世界レベルでのブレイク作品となる。現在のバンドのプロデューサーであるリック・ルービンが初めて彼らをプロデュースした作品。このアルバムに収録されたGive it awayはグラミー賞のハードロック部門最優秀シングル賞を受賞している。
1992年 - 世界ツアーでの日本来日中、ジョン・フルシアンテが突如帰国、脱退してしまう。
1995年 - ギタリストにデイヴ・ナヴァロを迎え、アルバムOne Hot Minuteをリリース。しかしデイヴはこの作品のみで脱退してしまう。
1999年 - ギタリストにジョン・フルシアンテが復帰し、アルバムCalifornicationをリリース。現在までの最大のヒット作となる。
2002年 - アルバムBy The Wayをリリース。
2006年 - アルバムStadium Arcadiumをリリース。先行シングルとなったDani Californiaが、同年に日本で公開された『デスノート』の主題歌として採用。同アルバム収録のSnow ((Hey Oh))も『デスノート the Last name』の主題歌に採用された。また、このアルバムで2度目のグラミー賞を受賞している。
2007年 - 3月19日の京セラドーム大阪、3月22日・23日の東京ドームの公演は、いずれもボーカルのアンソニーが「急性肺炎、10日間の絶対安静」との医師の所見の為、3月17日の来日直前になって急遽延期された。……
(Wikipedia: レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)