ルネッサンス (Renaissance)

ルネッサンス
ルネッサンス(RENAISSANCE)は主として1970年代に活躍したイギリスのプログレッシブ・ロック・バンドであり、メンバー構成により大きく2つの時期に分けられる。

〔第1期〕
1968年のヤードバーズ解散後、メンバーだったキース・レルフ(Vocal & Harmonica)とジム・マッカーティー(Drums)の2人は、フォーク・デュオ「トゥゲザー」を結成するが、これはシングル盤1枚を出しただけで活動を終了した。この後、2人は新たにルイス・セナモ(Bass)、ジョン・ホウクン(Keyboard)、キースの妹のジェーン・レルフ(Vocal)の3人を加え5人編成となり、1969年バンド名をルネッサンスとして活動を開始した。バンド名をタイトルにしたアルバム『RENAISSANCE(ルネッサンス)』を発表している。サウンドはヤードバーズ時代のブルースとはうって変わり、フォークにクラシックを加えたものであった。

しかし、商業的にはほとんど成功せず、2ndアルバム『ILLUSION(イリュージョン)』のレコーディング中に解散状態となった。このレコーディングはマイケル・ダンフォードらによって引き継がれて完成し(そのため、『イリュージョン』の中の1曲のみメンバーが全員入れ替わっている)、1971年に発売された。また、後にキースとルイスはハードロック・バンド「アルマゲドン」を結成している。

なお、この時代を、次項の時代と区別するためにオリジナル・ルネッサンスと呼ぶことも多い。

〔第2期〕
『イリュージョン』完成後、マイケル・ダンフォードを中心とした新生ルネッサンスが結成された。通常、ルネッサンスといえばこの時代を指すことが多い。この時のメンバーはアニー・ハズラム(Vocal)、ジョン・キャンプ(Bass)、ジョン・タウト(Keyboard)、テレンス・サリヴァン(Drums)の4人で、中心人物であるマイケル・ダンフォードは契約の関係でアルバムには参加せず、作曲のみの参加であった。また、作詞者として6人目のメンバーとも呼ばれるベティー・サッチャーがいた。このメンバーにより、1972年に『PROLOGUE(プロローグ)』、1973年に『ASHES ARE BURNING(燃ゆる灰)』をリリース。特に後者はプログレッシブ・ロック史に残る名盤として知られる。

1974年の『TURN OF THE CARDS(運命のカード)』からはマイケル・ダンフォードも正式にメンバーとして加わり、このメンバーでライブを含む数枚の素晴らしいアルバムを残している(特に1975年の『SHEHERAZADE AND OTHER STORIES(シェーラザード夜話)』と1977年の『NOVELLA(お伽噺)』は評価が高い)。

なお、この時代のルネッサンスは全面的にオーケストラを起用してはいるものの、クラシック的というよりもイージーリスニング的とすら言えるアレンジが特徴であったが、1979年の『AZURE D'OR(碧の幻想)』ではオーケストラが無くなり、代わりにシンセサイザーの音色を前面に打ち出したポップなサウンドへと変化している。その後、テレンス・サリヴァンとジョン・タウトがバンドを脱退、そしてルネッサンスは一旦解散した。

この間に(オリジナル・)ルネッサンスが再結成したものの、(アニー・ハズラムの)新生ルネッサンスが大成功していたため「ルネッサンス」の名前を使えず、(オリジナル・)ルネッサンスの2ndアルバムのタイトル『イリュージョン』をバンド名として再出発したが、これは別項を参照のこと。

一旦解散した後、アニー・ハズラム、ジョン・キャンプ、マイケル・ダンフォードの3人によりルネッサンスは再結成され、2枚のアルバムを残すが、この時代はファンの間でも評価が低い。その後、再度解散している。

〔その後、そして現在〕
その後アニー・ハズラムはソロ活動へと移行、来日公演も行うが、1990年代末頃よりマイケル・ダンフォードも音楽活動を活発化させた。そして2000年にはこの二人が合流、テレンス・サリヴァンも加わり正式にルネッサンスとして活動を再開。2000年にアルバムを発表した後、2001年にはルネッサンスとしては初めての来日公演も行った。

なお、(オリジナル・)ルネッサンスのメンバーであるジム・マッカーティ、ジェーン・レルフ、ジョン・ホウクン、ルイス・セナモの4人は2001年に再度集結し、『RENAISSANCE ILLUSION(ルネッサンス・イリュージョン)』の名前でアルバムを発表している。……
(Wikipedia: ルネッサンス (バンド))

 
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