リチャード・マークス
リチャード・マークス(Richard Marx, 1963年9月16日 - )は、アメリカ人のシンガーソングライター。音楽家の家系に生まれ、10代のうちからライオネル・リッチーらに曲を提供していた。1987年、セルフ・タイトル・アルバム「Richard Marx/リチャード・マークス」でデビュー。ファースト・シングルとなった「Don't mean nothing」がいきなり全米チャートの3位に入るヒットとなり、大きな注目を集める。その後、シングルカットされた「Should've known better」「Endless summer nights」も立て続けにチャートインさせ、4枚目の「Hold on to the nights」で遂に全米ナンバーワン(2週連続)を獲得した。これで完全にスターダムに乗り、セカンド・アルバム「Repeat Offender」からは、「Satisfied(2週連続)」「Right here waiting(4週連続)」と前作を上回るビッグヒットを飛ばした。「Right here waiting」は当時、恋人だった妻シンシア・ローズへのラブレターに曲をつけたもので、自身最大のヒット曲となったことを契機に結婚した。シンシア・ローズはポップグループ、アニモーションのメンバーであり、女優。映画「ダーティ・ダンシング」などに出演している。 初来日公演は、1988年2月。五反田・簡易保険ホールなどを回った。
デビュー以来、立て続けにヒットを飛ばしたリチャードは、1991年に満を持してアルバム「Rush Street」を発売。第一弾シングル「Keep coming back」はあらゆるフォーマットのシングルレコードが準備されるほどだった。また勝ち馬に乗りたいアーティストがレコーディングや発売記念パーティに集合した。 しかしながら、このアルバムは前2作のようなヒットに結びつくことなく、ヒットチャートからすべり落ちた。前2作のような明快なポップ・ロックではなく、やや分かりにくい曲が多かったためファンの期待とズレが生じたことが考えられる。第二弾シングル「Hazard」の後、ファンからの評判もよかった「Take this heart」をシングルカットしたが、時既に遅かった。これ以降、1994年にシングル「Now & Forever」が全米7位になるヒットがあったものの、アルバムのセールスは振るわなかった。1990年代半ばよりプロデューサーとしての仕事に重きを置くようになり、自らの創作活動やコンサートツアーは行わなくなっている。近年では、アイドルグループのインシンクやバックストリート・ボーイズに曲を提供している。……
(Wikipedia: リチャード・マークス)